鉢植えブドウの作り方を発見してしまいました。コロンブスの卵的な発想でした。
鶴瀬宿
甲斐大和駅から出発します。
甲斐大和駅は、1993年まで、初鹿野(はじかの)駅という名前でした。国鉄中央本線が明治36年2月1日に開通したとき、終着駅として開業した由緒ある駅だそうです。
手前にある石は新初鹿野橋の親柱。この近辺で採掘される甲州鞍馬石のようです。
大和橋西詰で甲州街道と合流し、そこから西に350m程行ったところに鶴瀬関所跡を発見!甲州12関の一つと書いてあります。関所って沢山あったんですね。
前述した甲州鞍馬石の採掘元がありました。
甲州鞍馬石は閃緑岩です。火成岩の覚え方、「しんかんせんはかりあげ」に照らし合わせると、深成岩で、白っぽい花崗岩と黒っぽい斑糲岩(はんれいがん)の中間ぐらいの色味ということですね。まぁ、そうですが、甲州鞍馬石は特に錆色が特徴的です。
観音隧道が出現しました。歩道が確保されていて、ホッとしました。歩道が無いと、車が来た時に逃げ場がないですからね。
ところが、歩道は、途中から、観音隧道の外に出されてしまいました。
隧道入口の断面は四角形でしたが、ここからは丸くなっています
作った時期が異なるのかな。断面が丸い領域については、隧道の外に歩道分のスペースがもともとあって、車道のためだけに隧道を掘ったのだと思います。
観音隧道西の交差点の横断歩道を渡り、Uの字のループを描いてこの道の下をくぐります。昔から甲州街道はこんなループ形状をしていたのでしょうか?
標高が一挙に20mくらい下がりました。先ほど歩いていた道にある共和洞門があんなに上の方に見えます。
左手の方には、中央自動車道が見えます。山を削り、橋脚を立て、すごい工事をしたものですね。
ここは、横吹の道中です。
小学校高学年くらいの子供を追いぬかそうとしたら、「こんにちは」と挨拶されました。もちろん、僕もはっきりとした声で挨拶を返しました。都内では知らない人から挨拶をされることがほとんどないので新鮮に感じます。
横吹の道中は往時の面影を今に伝えているそうですが、昔から挨拶がさかんな所だったのでしょうか。
一里塚跡を発見!名称が書いてありませんが、横吹一里塚(29里)跡だと思います。昔の人は江戸から3日でここくらいまで来たということですね。僕は、12日もかかっています。でも、甲州街道はまだまだ続きます。
勝沼宿
東京電力柏尾(かしお)発電所の水圧鉄管を発見!ご丁寧に屋根までついています。
近くの川の水を引いているのかと思って、地形図を見てみると、さにあらず、導水路を2km以上も引っ張っています。駒橋発電所といい、八ツ沢発電所といい、ダムのない水力発電所は導水路を使うのが基本なのでしょうか。
柏尾発電所の常時出力は810kW。電子レンジの消費電力をざっくりと1kWだとすると約800台使うことができるということです。何気なく通り過ぎてしまうような設備ですが、地球環境保全のために、しっかり頑張ってくれています。
近藤勇之像がありました。幕府軍の近藤勇が官軍と戦って敗れた場所ということです。勝った方の指揮官の像ではなく、近藤勇の像が建ってるのは、やはりネームバリューが勝っているためでしょうね。
行基が開いた大善寺です。
大善寺本堂 附(つけたり)厨子1基が国宝に指定されています。また、数点の重要文化財を保有しています。いつの日か、ゆっくり見学したいと思います。
大善寺から約400mで柏尾の交差点になります。左に向かう道は、国道20号線(勝沼バイパス)です。ここから始まる勝沼大橋は、日川(ひかわ)にかかっています。甲州街道は右に向かう道です。
見てはいけないものを見てしまったかもしれません。
鉢植えブドウを作っているところを発見してしまいました。
確かに、こうしないと鉢植えで、実のついているブドウはできませんよね。考えた人、頭良いです。
今日は勝沼ぶどう郷から帰ります。上行寺の寺標がある交差点で甲州街道と分かれます。
勝沼駅まで約1.7km、標高差80mの上り坂です。実は、この道を歩くのが大変でした。
散歩データ
コース:JR中央線 甲斐大和駅 → 甲州街道 → JR中央線 勝沼駅
距離:7.6km
時間:2h24m

















