今日は水戸街道を歩き切ります。
府中宿(石岡市)

宿泊していたホテルグランマリアージュです。
素泊りで5,940円でした。隣の音が少し気になるものの、清潔で街道にも近いので、石岡に宿泊される際に使われても良いのではないでしょうか。

泉町の交差点から水戸街道に入り、歩き始めてすぐ、石岡の一里塚を発見!
対で残っていることもあり、迫力を感じました。また、榎の木が残っている一里塚はめずらしいとのことです。
県指定史跡になっていますが、僕が今まで実物を目にした志村、錦田、野村、阿野、大平といった国指定の一里塚と比べて、勝るとも劣らない一里塚だと思います。

昨日も藤の写真を紹介しましたが、今日もあちらこちらできれいに咲いています。

オオデマリもきれいです。
竹原宿(小美玉市)

中野谷中央の交差点で、「メロンロード」の文字を発見!
茨城県は、メロン生産量日本一なんですよね。
旬になれば、この通り沿いでメロン狩りとかできるんでしょうか。
片倉宿(小美玉市)

中ノ谷北というバス停があったので、時刻表を見てみました。平日に8本、土日祝日はたったの4本しか走っていません。
さすがに4時間とか待てないので、へばったらタクシーを呼ぶしかなさそうです。

水戸街道を歩いていてずっと思っていたことですが、茨城県には立派な日本家屋が沢山あります。
特に、旧宿場の中心部なんて、本陣みたいな門と塀のお屋敷がずらっと並んでいます。前田家が将軍家の娘を嫁として迎え入れた際に造られたのが東大の赤門であるなら、水戸街道の家々は片端から水戸徳川家の娘を迎え入れたんじゃないかと思うくらいすごいです。間口に比べて奥行きが長く、その奥の方には樹齢何百年みたいなケヤキの大木がドーンとそびえているような、ともかくスケールの大きいお屋敷ばかりです。
かといって、周囲に広大な畑が広がっている訳ではなく、家の前にお店を開いている家もほとんどありません。いったいどうやってあれだけの家を建てるだけの収入を得ているのでしょうか?収入効率の良い方法があるなら、是非ともご教授いただきたいです。

さて、ここで山中橋です。
東海道を歩いていたとき、途中からすべての橋を撮影しようと思いたち、実行していたこともあって、今でも行く先に橋を見かけるとつい撮ってしまいます。この写真はそうやって撮った一枚です。ですが、ここでは橋の先にいる方にご注目下さい。彼もやはり水戸街道を歩いているようです。ザックをしょって帽子をかぶり、人通りの少ない道を歩いているのを見れば、「あぁ、あの人は街道を歩いているな」とすぐわかります。自分も同じような格好をしていますから。
彼のスピードは速いです。時速5kmくらいではないでしょうか?僕はバテないよう、足を傷めないよう、時速4kmくらいのマイペースで歩いています。
小幡宿(東茨城郡茨城町)

この写真では、真ん中の小さい建物に注目です。何でしょう?
建物の持ち主に伺ったわけではなく、推論ではありますが、多分お風呂です。煙突らしきものが付いています。昔は水回りで家を傷めないように、風呂やトイレが別棟になっている家がありました。水戸街道では、このような煙突の付いている別棟を何軒か見ました。こうして家を大切にしているので、今でも多くのお屋敷が残っているのかもしれません。

道の向こうに千貫桜が見えました。
今は桜の季節ではありませんし、国道6号線を横断するのは危険なので、遠くから写真を撮るだけにして我慢しました。

小幡(おばた)北山埴輪製作遺跡を発見!国の指定史跡です。ここで、粘土を掘り、埴輪の形を作り、焼いていました。窯跡の数は全国で一番多い59基とのことです。
時間には余裕がありますし、今後、ここに来ることはないと思うので、見学することにしました。見学料は無料です。

ここが粘土採掘抗です。ぐるりと植えられた植物の中が採掘抗とのことです。看板に明記されてはいませんでしたが、休憩中の管理人さんに伺いました。

敷地内には、なんとなく順路があります。でも、明確な道が無いところも多く、基本的にはどこに向かおうと自由のようです。

遺跡の敷地内には山野草・薬草コーナーもあります。
普通に見かけるような草が多く、昔の人は、よくぞまぁ、薬効を研究したものだと感心しました。
埴輪との関連性はよく分かりません。

窯の断面です。埴輪は、このような登り窯で焼かれていたらしいです。埴輪をセットするためには、匍匐前進をするんでしょうね。

斜面に窯跡が並んでいます。この斜面の角度が丁度よかったようです。

前方後円墳が復元されていて、その上に埴輪が置いてありました。埴輪はこのように使われてたと想像されています。
ところで、人の形をした埴輪を見かけませんでした。ここでは出土されなかったんでしょうか?
長岡宿(東茨城郡茨城町)

昔のヤマト運輸のトレーラーを発見!
シンプルな筆記体のロゴです。

水戸街道はこのような直線が続く区間がところどころにあります。
昔は余程何も無かったところなのかもしれません。
水戸宿(水戸市)

なんか不思議ですね。高圧の配電線が、ある電柱をよけています。どうでもいいこととはいえ、気になりました。

ここでは、高圧線が上下に2系統あり、上の高圧線の電圧を上げる必要があるようです。そこで、電柱の中ほどにあるトランスで電圧変換をするにあたって、下の高圧線が邪魔にならないよう迂回させているようです。
茨城県では変電所間の距離が長いためなのか、別の場所でもこの巨大なトランスを見かけました。

今度は足元を見ると、イチゴのような草が生えていました。クリムソンクローバー(別名ストロベリーキャンドル)というそうです。可愛い花ですが、クローバーだから、庭に植えたら増えて困るんだろうな。

庭と言えば、こんなにきれいなガーデニングをされているお宅もありました。
どうしたらこんなにきれいな庭にできるか教えていただきたいです。

吉田の一里塚を発見!水戸街道最後の一里塚です。
石岡の一里塚には、榎の木が残っている一里塚は珍しいとの記載がありながら、ここには榎の木が生えてます。また、ここの説明板では竹原の次が下土田になっていて、石岡の一里塚の記載がありません。もしかして・・・何かあるのかなぁ。

道路が曲がっているところがありますが、これって鉤の手なんでしょうか?桝形、食い違い、馬出(うまだし)など、似たような呼び方や構造がいろいろあるので、そのうちのどれかなのでしょう。とにかく、最終目的地である水戸が近いという証拠だと思います。

そうそう、水戸街道でもう一つ多いことに気付いたのが、アマチュア無線をされている方が多いことです。あちらこちらに高いアンテナが立っていました。

いよいよ(一応の)終点が見えてきました。見えている橋が銷魂橋(たまけばし)です。

その銷魂橋の脇に江戸街道起点の石標がありました。
29里強の道中おつかれさまでした。と、いいたいところですが、もう少し続きがあるようです。

その証拠に、少し歩くと江戸(水戸)街道宿場跡の石標が現れます。
側面には「水戸の宿場はこの辺りが中心で最もにぎやかな繁華街であった」とありますが、現在は少し元気がないみたい。

このハミングロード513と中石崎水戸線(県道179号線)の交差点が終点みたいです。ただ、それらしき目印は見つかりませんでした。
ここから水戸駅方面に向かいます。
偕楽園まで行く元気は無く、水戸城跡を見に行こうとしました。でも、地形図では行き方が良くかりませんでした。

仕方がないので、柵町城東通りを歩いていたら天狗納豆総本家笹沼五郎商店を発見!
工場と納豆なんでも展示館を見学させていただけるとのことで、見学してきました。
工場では、藁に大豆を入れて、結束機でしばって納豆を作っていました。
なんでも展示館では、納豆の由来や作り方のコツなどが事細かに書かれていて、その気になれば、かなり深い知識を得ることができそうです。納豆には美白効果があるとも記されていました。そのためか、売店の方は色の白い方でした。
もちろん、お土産に納豆を購入させていただきました。

水戸駅前には、水戸黄門らしき像がありました。でも、工事中で、近くに行くことはできませんでした。

水戸駅で、納豆以外のお土産として、メロンゼリーと梅干しを買って帰りました。
散歩データ
コース:水戸街道 府中宿(石岡市)~ 水戸宿
距離:34.9km
時間:9h9m

