以前(2011年)、水戸街道を日本橋から亀有まで歩いたことがあります。でも、知人と一緒に歩いたため、写真をほとんど撮っておらず、記事にすることができませんでした。
そこで、三連休の中日の今日、歩きなおすことにします。
ただし、前回と同様に歩いても芸がないので、方向を逆にして、日本橋に向かって歩くことにしました。
新宿(にいじゅく)
さくらに見送ってもららって出発
前に歩いた時に、水戸街道から帝釈天への分岐の道標があることを見つけていたので、柴叉駅から歩き始めることにしました。

「しばまた」の「また」の字には、中に点があるんですね。漢字辞典によれば、「叉」は分岐の意味、「又」はさらにの意味だそうです。点がある方が意味が通りますね。

あれ?さくらの銅像なんて昔からあったっけ?
この像は、2017年3月15日に除幕されたそうです。まだ1年経っていません。
さくらに、「お兄ちゃん、行っちゃうの?」と言われて、「すまねぇな、さくら」と言い残したつもりで、駅前を出発しました。

帝釈天は何度も行ったことがあるので寄らずに、一路北西を目指します。
この車両進入禁止の道が水戸街道方面への道です。

この新宿(にいじゅく)交通公園前の分岐でも左側の車両進入禁止の方に入ります。
新宿交通公園はミニSLがあり、子供が喜びそうな公園です。
佐倉街道との追分

駅から約1.7kmで水戸街道との分岐に出ます。正面の大木の根元に帝釋道と書かれた前述の道標があります。前回歩いた時に写真を撮りましたが、なかなか味のある道標です。

道標から300mくらいで、国道6号線に出ます。ここが、佐倉街道(成田街道)との追分です。佐倉街道は、中央分離帯の向こう側の街灯が続く方向に伸びています。日本橋方面に向かうために、ここを右折します。
中川から荒川へ

中川橋のほぼ中央で、下流方向を撮りました。
右側のビルの右端で、アンテナのようにちょこっと突き出ているのが東京スカイツリーです。分かりますでしょうか?今日はその横をかすめるようにして日本橋に至る予定です。

堀切八丁目付近でちょっとお洒落な街灯を発見。車道側と歩道側でシーソーをしているようで、デザインのセンスを感じます。ただ、壊れやすいのか、次の街灯の車道側は、LED品に取り換えられていました。

歩いていて、よく出会うのが、この洪水警告看板。昔は数値だけだった覚えがあります。でも、最近は、赤いテープが巻かれるようになって、より実感がわくようになりました。ここでは、僕の身長より少し高いところまで水が来る可能性があるようです。(ウソです。見栄をはるため、両手を高く掲げて写真を撮っています)

水戸橋は綾瀬川にかかる橋です。前回の散歩から7年の間に掛け替えられていました。
水戸橋の由来は、親の仇を討とうとして妖怪になった子狸が、水戸光圀一行によって退治されそうになったとき、お地蔵様が身代わりになり、それを知った光圀が、後の世まで平穏になるよう、親柱に「水戸橋」と書いたことだそうです。でも、そのストーリに基づくのであれば、「狸橋」「地蔵橋」「平穏橋」あたりになるべきではないですか?「水戸橋」とつけるのであれば、狸やお地蔵様がわざわざ出てくる必要がありません。
僕は、光圀の威光にあやかったか、単純に水戸街道にちなんでつけたのだと思います。

材木屋さんがありました。昔はあちらこちらで見かけましたが、最近は少なくなりました。防火上のためか、壁はレンガ造りです。

荒川の河川敷に至る寸前に、振り返って撮影した1枚です。
道は細めで、江戸時代から太さがあまり変わっていないようです。道が真っ直ぐなのは、洪水で流されてしまった後、道を自由に建設することができたためでしょうか。
荒川の河川敷
荒川では、徒歩で渡れる橋が近くにありません。そこで、国道4号線まで北上し、荒川新橋を使うことにしました。

荒川河川敷では土の上を歩きました。クッションが効いて、足の裏やひざに負担がかからず、楽です。しばらく土の上を歩いてからアスファルトの上を歩くと堅くて嫌になります。

荒川は人工的に掘削した放水路なのに、自然が豊かです。オオイヌノフグリも咲き始めていました。これを見ると、花粉症の季節が春も間近だなぁと思います

荒川新橋に来ました。
地面に大きな字が書いてあるのは、ヘリコプターが飛行する際の目印でしょうか。
荒川の向こう側にある巨大なアーチ型の建造物周辺は足立区立中央図書館です。
千住宿

川を渡ると、東京拘置所の建物が良く見えます。
舎房は放射状なんですね。北海道の博物館網走監獄に五翼放射状平屋舎房がありますが、ヘリポートを備える最新鋭の拘置所でも、設計思想は変わらないようです。

この細い道が水戸街道で、右に曲がって常磐線の方に向かいます。
北千住界隈

常磐線をくぐると旧日光道中との追分です。
道の分岐をうまく撮影できなかったので、道標を撮りました。今歩いて来た道は旧水戸佐倉道と書いてあります。
追分をここに設けると、荒川の渡しが二か所になるので不経済じゃないかと思いました。でも、荒川放水路は明治44年に着手された人工の掘削路であり、江戸時代はそれぞれが単なる平坦な街道だったので、問題ありませんでした。

観光案内所で伺ったところでは、千住の東側は戦争で焼け残ったため、古い建物が残っているそうです。この横山家住宅も、屋根を焼夷弾が貫いたそうですが、百数十年の歴史を今に伝えています。

お腹がすいたので、「手もみラーメン福しん」に入りました。

「ニラそば(590円)」をいただきました。奇をてらわず、真面目に作ったという感じで、辛さもちょうどよく、美味しかったです。

隅田川に近づくと、屋号を示した木の看板が家々の前に掲げられていました。戦争が始まる前までは、青物問屋が多い場所で、セリの「やっちゃいやっちゃい」という掛け声から、「やっちゃ場」と呼ばれていたとのことです。

やっちゃ場の看板から後ろを振り返ると、松尾芭蕉さんが「行はるや鳥啼魚の目はなみた」と詠んでいました。
あれ?お供の曾良さんは?

千住大橋から隅田川の下流を眺めます。
トラス橋の常磐線には特急ひたち号が走っています。
常磐線の左手前の大きな建物は、中央卸売市場足立市場の冷蔵庫です。
素盞雄神社

南千住駅の方向に向かって左折しようとする交差点のところに、素盞雄神社を発見!ご祭神は素盞雄命(すさのおのみこと)と事代主命(ことしろぬしのみこと)です。
素盞雄命は、天津神(あまつかみ=高天原におはす神)である天照大神とほぼ一緒に生じた神様ですが、国津神(くにつかみ=地におはす神)とされているようです。氏より育ちということでしょうか。
素盞雄命の子孫に国津神の代表的な神様である大国主命がいらっしゃって、その子供が事代主命です。いわば、おじいちゃんと孫のような関係。
素盞雄命が祭られている神社では、蘇民将来(そみんしょうらい)の伝説が伝えられているそうで、この神社でもその説明看板がありました。

神社に松尾芭蕉の碑がありました。
芭蕉が千住の句をどこで読んだか議論があるそうですが、この碑には、「千寿という所より船をあがれば 云々」と刻まれています。つまり、深川から船に乗り、荒川(現在の隅田川)を登って千住で降りたとすれば、普通は北側の左岸にあがるはずで、右岸のこちら側で句を詠むことはなかったと思うんですが。。。
南千住から浅草へ
素盞雄神社から南千住駅の方向に向かって、「コツ通り」が伸びています。地名の小塚原(こつかっぱら)」に由来しているそうです。

この写真はコツ通りと常磐線が交差する付近を撮影していて、線路に沿って左に行けばすぐに南千住駅です。
線路の右手前は回向院。回向院は建物に金色の葵の御紋が掲げられていて、常磐線からも見えます。
回向院のあたりは刑場があった場所で、解体新書を刊行した杉田玄白や前野良沢らが剖検に立ち会った場所でもあります。
ちなみに、解体新書は講談社学術文庫で発刊されていて、現代でも手軽に読めます。数年前に読んだ際、印象に残ったこととして、乳糜(にゅうび)に関する記述が多かったことが挙げられます。乳糜とは、脂肪とリンパ液が混ざった体液のことです。僕は初めて聞いた言葉でした。でも、当時は重要視されていたのでしょう。

常磐線を越えると泪橋(なみだばし)。刑場に向かう罪人とその身内が最後に会って、涙を流したと伝えられる場所です。

東浅草一丁目の交差点を越えた少し先のお寺の前に金属製の構造物を発見。犬矢来(いぬやらい)ですよね?

東京スカイツリーと言問橋です。
携帯が無い時代に言問團子を食べたくて、言問橋の周囲を探しましたが、お店が見つからなかった覚えがあります。お店の位置は、一つ北にある桜橋のさらに北なんですね。今度近くに行ったら絶対に食べようと思います。

浅草のシンボル雷門。門の前の雷門通りには、人力車が多数並んでいました。

こちらは駒形橋。改修作業中のようです。芸術的に養生されています。

バンダイの本社前では、大勢のキャラクターが応援してくれました。日本橋まであと少しです。

蔵前一丁目の交差点では、徳川幕府の米蔵があったことを示す看板と、天文台があったことを示す看板が並んで立っていました。
後者の看板には、伊能忠敬の師匠である、高橋至時(よしとき)が観測をしていたことや、天文方内に設置された外国語の翻訳局が後の東京大学になったことなどが記されていました。
日本橋

総武線下のガードをくぐり、浅草橋の交差点を清杉通りに入った直後で右折すると横山町大通りに入ります。
この横山町大通りは大通りという割には一方通行です。人が歩くだけなら大通りだったということと、道をいたずらに広げずに昔の趣を連綿と残しているということなのでしょう。
横山町大通りの周辺は、服飾関係を中心とした問屋が沢山あります。

室町三丁目南の交差点を左折するとまもなく日本橋です。

今日は日本橋を下から撮ってみました。
装飾や石の色や組み方に品位が感じられる橋です。
散歩データ
コース:京成金町線 柴又駅 → 水戸街道 → JR東海道線 東京駅
距離:23.5km
時間:6h16m



コメント