知的生産の技術 | 書評

読むのは2度目です

本書は、知識を獲得する方法について述べた本です。

もともと、大学の研究の場において、必要性を感じたようです。ただ、研究分野に限られる内容ではありません。

実は、僕が読んだのはこれで2度目です。

1度目に読んだ時に、カードシステムを用いた情報の整理方法に影響され、カードシステムを使うようになりました。でも、いまいち使いこなせていません。再度読みなおすことで、運用上のヒントを得ようと思いました。

著者の慧眼

本書は、今から丁度50年前に書かれています。

PCが影も形も無かった時代に、「情報産業こそは工業の時代につづく次の時代の、もっとも主要な産業となるだろう(P.11)」との一文が書かれていて、著者の慧眼には驚かされます。

その著者は「知的生産は、どこまでも個人においておこなわれるものである(P.19)」とも書いています。近年、AIが著しく発展を見せており、この言葉がいつまで通用するか、興味深いところです。

ところで、この本は、難しい語句には漢字が使われている一方で、簡単な漢字で表すことができる言葉がひらがなで書かれている箇所がほとんどでした。タイプライターでは、ローマ字か仮名文字しか使えなかった時代に書かれたことが影響していると思われますが、現在のように、PC上で漢字かな交じり文が自由に使える現代に著者がいたら、どのような文体となっていたのも気になります。

こざね法

最近、文章を書く際に、著者が「こざね法」と呼んでいる方法を頻繁に使っています。この文章の構成もこざね法で組み立てました。

「こざね法」は、自分の考えを一旦紙の小片に書き出して、論理的につながっている紙同士をまとめることにより文章を構成する手法です。

一つ一つのこざねを短文で構成し、並べるだけで、文章がほぼ完成します。最後に、論理がスムーズにつながるように、微修正を加えます。

文を書くには、構成で時間がかかりますが、こざね法を使うことで、作業が少し楽になると感じています。

僕は、紙を使わずにExcelを使ったこざね法としています。紙を使わないことで、移動先でも作業を続けられるメリットがあります。そのうち機会をみて、紹介したいと思います。

ところで、こざね法は、川喜多二郎氏が提唱したKJ法のB型とほぼ同一です。僕は、こざね法が先だと思っていました。しかし、本書の中で、川喜多氏の「発想法」が紹介されていて、実はKJ法の方が先に公開されたことを知りました。

ただ、「この方法は、かなりまえから私たちの仲間のあいだですこしずつ開発がすすんでいたものであった(P.206)」と書かれているので、厳密には、どちらが先とは言えないようです。

運用上のヒントが得られたのか

僕がカードシステムをうまく使いこなせていない理由は、3つあるようです。

1つ目は、まだ、情報量が十分に蓄積されていないこと。
これは、根気よくカード作りを進めるしかありません。

2つ目は、くる作業をしていないこと。
著者は、「いくつかをとりだして、いろいろなくみあわせをつくる。それをくりかえせば、何万枚のカードでも死蔵されることはない(P.59)」と、書いています。やはり、この作業が絶対的に足りないのです。

3つ目は、書き方が箇条書きに近かったこと。
著者は、「(手帳には)ちゃんとした文章でかくのである(P.24)」、「カードは他人がよんでもわかるように、しっかりと、完全な文章でかくのである(P.55)」と、繰り返し、完全な文章で書くことの必要性を唱えています。この重要性は、歳をとって、記憶力が衰えてくるにつれて痛感します。単語で残しておいても、その意味が思い出せないのです。

最後に一点反論してみる

著者は、「カードの左端よりに、穴を二つあけて、リングを通すというくふうもあるが、そんなことをする必要はないとおもう(P.53)」と書いています。

この点だけは反対です。

リングを通しておくと、持ち運びが楽です。少し厚い表紙を付けておけば、ジョッターやメモパースを使うより余程使い勝手が良いです。

ちなみに、僕はカードとして、コレクトのC-2608を使っています。あらかじめ、穴が2つあいていますので、自分であける必要がありません。また、罫が8mm間隔ですので、筆記用具を問わず、書きやすいです。ただ、紙の厚さが若干薄いことと、売られているお店が少ないことが不満です。

最後に

本を読み直してみて、また、新たに頑張ろうという気持ちになりました。


梅棹忠夫:知的生産の技術、岩波新書、1969、ISBN4-00-415093-0

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