エミッタ接地回路は、電圧振幅を増幅することができます。エミッタ接地回路は、バイポーラトランジスタにおける最も基本的な使い方の1つです。
エミッタ接地回路は電圧を増幅する
エミッタ接地回路を説明する前に、トランジスタが発明されて、何ができるようになったかを考えてみましょう。
そうです。真空管を置き換えることができるようになりました。
では、真空管は何をしていたでしょう?
広辞苑によれば、「増幅、検波、整流、発振などに用いられた」とあります。このうち、主たる機能はやはり増幅だったのだと思います。
例えば、大声を出したとき、それが10km先まで届くことは可能でしょうか?少々難しいと思います。
マイクを通して電気信号になっても同様です。空中を伝わるより遠くまで届くかもしれませんが、遅かれ早かれ、減衰してしまいます。
音声を電気信号に変えると、電圧の変化になります。この電圧変化を減衰に打ち勝って伝送するためには、増幅する必要があります。これにより、電話を用いて遠くの友人と会話をすることができるようになります。
この増幅動作は真空管で可能となり、それがトランジスタに置き換わりました。
トランジスタによるエミッタ接地回路は、この長距離伝送に必要な電圧増幅をすることができる回路です。
エミッタ接地回路の考え方
トランジスタのような3端子素子は、一般に、1つ目の端子を接地し、2つ目の端子から入力し、3つ目の端子から出力するという使い方をします。
エミッタを接地すると、ベースとコレクタという2つの端子が残ります。
あなたなら、どちらを入力にして、どちらを出力にしますか?
ここで、以前の記事で議論した等価回路に登場していただきます。
まず、エミッタの電位を固定して、コレクタから入力することを考えます。
このとき、コレクタから見えるのは電流源です。電流値は他の条件から決まるので、流し込む電流値を変えようとしても変えることができません。また、コレクタの電位を変えても、エミッタの電位が変わることもありません。すなわち、コレクタを入力端子としても出力端子のベースに影響を与えることができません。
次に、ベースから電圧又は電流を入力することを考えます。ベース電流ibが変化し、それがβF倍されてコレクタ電流icとなります。つまり、コレクタ電流を変えることができます。
よって、エミッタ接地回路は、ベースから入力し、コレクタから出力する構成が適当ということになります。
コレクタからは電流が出力されます。
でも、電流って扱うのがちょっと面倒なんです。検出するのが難しかったり、直感で分かりにくかったり。
え?工業計器だと4~20 mAの出力を使っているじゃないですかって?
よくご存じですね。
でも、それは、線路をどんなに引き回してもリークが無ければ、情報が変わらないことを利用したいから使っているだけです。
受信側では250 Ωの抵抗を入れて、1~5 Vの電圧にしてから検出します。
エミッタ接地回路も同様に、抵抗を接続して、電流を電圧に変えて出力します。
ここで、電流源の電流値が±1 mA変わるとします。すると、100 Ωの抵抗を入れると±100 mVの振幅が取れます。1 kΩの抵抗を入れると±1 Vです。では1 MkΩの抵抗を入れるとどうなるでしょう?±1 kVですか?理論上はそうなります。
エミッタ接地回路のシミュレーション
では、シミュレーションをして増幅動作を確かめてみましょう。
以前、このような等価回路で10 mAの定電流源を設計しました。Vccは5 Vです。
定電流源の電流値は、エミッタの電位と抵抗R3で決まります。
すなわち、エミッタ電位を1 Vに設計すると、1 V/100 Ω = 10 mAです。
ここで、電流値を±1mA変化させたい場合は、±1 mA×100 Ω = ±100 mVなので、この分だけエミッタ電圧を変化させればよいことになります。Vbeは、ほぼ一定なので、ベース電圧を変化させればエミッタ電圧も同じだけ変化します。
シミュレーションでは、ベースに電圧源を直接接続して電位を変化させることもできます。でも、実際の回路に似せてキャパシタC1でDC(直流)を遮断しつつ、交流電圧源で駆動することにしました。
周波数は切りのよい、1 kHzとします。ドレミファソラシの「シ」の音に近い周波数です。トランジスタはMHzくらいまで動作しますので、十分に余裕のある周波数です。
キャパシタC1の値は100 uF(慣例的にμFをuFと表す)としました。この場合、インピーダンスは、1/(2πfc) = 1.59 [Ω]となります。R1の3 kΩやR2の1.8 kΩに比べて十分に小さいので、トランジスタのベース端子には電圧源V2の電圧変化がほぼそのまま伝わります。
出力振幅は、コレクタ電位を直接観測して確かめても構いませんが、キャパシタC2でDCを遮断すると、中央値が0となるので、観測しやすくなります.
ただ、キャパシタをコレクタにつなぐだけだと、反対側の端子電位が不定になってシミュレーションできません。そのため、1 GΩの高抵抗R5を使ってグラウンドに接続しています。
R4として100Ωを接続したときのシミュレーション結果です。
入力と出力の振幅がほぼ同じ100mVなので、増幅をしているとはいえません(20 log10 1 = 0 dB)。ただ、100mV/100Ω=1mAであり、設計通りに電流が±1mA変化しています。
入出力の位相は逆になっています。これは、入力のベース電位が高くなるとトランジスタQ1に大きな電流が流れて抵抗R4の電圧降下が大きくなり、出力のコレクタ電位が下がるためです。
次に、R4を1 kΩの抵抗にしてみます。
ほぼ±1 Vの振幅が出ましたので、電圧振幅は10倍(20 log10 10 = 20 dB)に増幅されています。
最後に、R4を1 MΩにしてみます。シミュレーションなので、耐圧を気にする必要はありません。ただ、バイアス電流が10 mAなので、信号を入れなくても電圧降下が10 mA×1 MΩ=10 kV発生します。また、振幅が±1 kVとなる計算なので、コレクタ側の電源電圧V1を12 kVとします。
さりげなく書きましたが、これはすごい高電圧です。7 kVを超えていますから、特別高圧です。山手線の架線電圧だって1.5 kVですから、その8倍です。離隔距離を取るとすると2 m必要です。普通のトランジスタの端子間距離は1, 2 mmですから、実際に電圧を与えたとすると、一瞬にしてアーク(放電)が発生し、黒焦げになって終わりです。でも、シミュレーションなら安全に検討できます。
シミュレーション結果は予想通り、ほぼ±1 kVとなりました。増幅度は、1 kV/100 mV = 10,000倍(80dB)です。
トランジスタの解説書の中には、エミッタ接地の最大増幅度はβF(= hFE)倍程度などと書いてある場合があります。でも、(アーリ電圧が無く、耐圧が無限大の)理想的なトランジスタであれば、ここで見たように、いくらでも増幅が可能です。ちなみにspiceのβFのデフォルト値は100です。
書かれていることを鵜呑みにせず、自分の手でシミュレーションなり実験なりをしてみると、思わぬ発見があったりするものですね。
現実的には、電源電圧以上の電圧振幅を出すことはできませんし、一般的なトランジスタの耐圧は数十Vのオーダですので、増幅率がβFまで達することはまれだと思います。
エミッタ接地回路の出力インピーダンスは、コレクタ抵抗R4と電流源の並列接続になります。電流源のインピーダンスは無限大ですから、結局、コレクタ抵抗の値になります。
増幅度を大きくするために例えば、R4に1MΩを使ったとしても、次段に1kΩの抵抗をつないだとすると、分圧されて、振幅が1/1000になってしまいます。目先の利得にとらわれず、回路全体のバランスを考えて設計することが重要です。
まとめ
エミッタ接地回路を電流源に抵抗を付けたという観点から説明してみました。
エミッタ接地回路の増幅度がβFによらないことを頭ではイメージしていましたが、実際にシミュレーションで検証することができて、少々驚きました。
接地(≒その点の電位が動かない)と呼ぶ割には、エミッタの電位はベースと同じだけ変動しています。英語のCommon emitter(共通エミッタ)という呼び名の方が本質を表しています。
ただ、スイッチ回路ではエミッタを完全に接地することがあります。これについては、改めて記事にしたいと思います。
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