本記事では、spiceのバイポーラ・トランジスタ・モデルから簡単な大信号等価回路を導きます。
本記事で導く大信号等価回路
バイポーラ・トランジスタで回路を設計する際には、まずはバイアス点(各端子の直流動作点)を求めることが必要です。そのためには、手計算であれ、シミュレーションであれ、大信号等価回路を用います。
NPNバイポーラ・トランジスタは上図のようなシンボルで表現されます。
これを最も簡単な大信号等価回路で表すと、ダイオードと電流制御型電流源で表すことができます。本記事では、これをspiceのモデルから導きます。
spiceのバイポーラ・トランジスタ・モデル
hspiceのマニュアル[1]によれば、飽和電流として(IBEとIBCを使わずに、)ISのみを用いた場合、コレクタ電流icとベース電流ibは次の式で計算されます。
これらはかなり複雑ですので、簡素化してみます。
まず、ですが、AREA(規格化されたエミッタ面積)もM(並列乗数)もデフォルト値は1なので、
とします。
次に、qbは、正規化されたベース電荷で、アーリ電圧(vceを変化させた場合のicの変化)を考えなければ、1で大丈夫です。
NF、NRは、発散係数(emission coefficient)で、電子とホールの再結合を考えないデフォルト値は1です。
さらに、ISEeffとISCeffは、それぞれベース・エミッタ間のリーク電流及びベース・コレクタ間のリーク電流を示すパラメータです。よほど厳密な解析をしない限り、無視できるので、デフォルト値の0を用います。
これらを考慮して書き直すと、コレクタ電流icは、
となります。だいぶ簡単になりました。
ここで、BR(=βR)は逆方向で動作させたときのieとibの比であり、αRは逆方向で動作させたときのieとicの比です。つまり、
を使って式を変形しました。
また、ベース電流ibも同様に考えて、
となります。
ついでにエミッタ電流ieは、
となります。icの式とieの式を合わせて、エバース・モルの式[2]になります。
さて、ここで、NPNの普通のバイアス状態におけるicを考えてみます。すなわち、、
の場合です。このとき、icの第2項目の指数関数は0になるので、括弧内の数は-1となり、これにIS/αRがかかります。ISのデフォルト値は1E-16であり、αRの代表的な値は1から5程度[2](spiceのデフォルト値は1)なので、結局第2項目は無視できて、
となります。また、同様に、ibの第2項目も無視できて、
となります。このibの式において、IS/BFを改めてISと見なせば、(こちらの記事で説明したように)ダイオードの電圧電流特性と同じ形になります。NPNトランジスタはベース・エミッタ間にPN接合があり、まさにダイオードですので、特に驚くことでもないかもしれません。
つまり、ベース・エミッタ間の等価回路はダイオードとして表現できます。
また、式を比較すれば、icの値は、ibをBF倍した値と等しいことは明らかです。よって、コレクタ・エミッタ間の等価回路は、ibをBF(=βF)倍した電流制御型電流源で表現できることがわかります。
このモデルは、能動領域でしか使えませんが、これに逆方向のダイオードや寄生素子を付けることにより次第に実際のデバイス特性に近づけることができます。
まとめ
spiceは内蔵する詳細なデバイスモデルにより、高精度のシミュレーションをすることができます。しかし、パラメータが多すぎるため、理解しきれない場合があります。そうなると、動作の本質を理解しないままに使うことになります。
原理が分からなくてもシミュレータを使えばある程度の回路設計をすることはできます。でも、原理を知っていれば工夫が生まれ、より良い設計ができることは明らかです。そこで、本記事では、必要最小限の説明をしました。
[1] HSPICE Elements and Device Models Manual, Synopsys, 2005
[2] P.R.グレイ、P.J.フルスト、S.H.レビス、R.G.メイヤー:アナログ集積回路設計技術(上)、第4版、浅田邦博、永田穣[監訳]、培風館、PP.21-22、2003
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